米最高裁「中絶禁止:ロー対ウェイド判決の覆し」なぜこれほど論争になっているか。米国人視点で考える

「人工中絶は殺人」と書いたプラカードで抗議する人々(2021年)。(c) Kasumi Abe
「人工中絶は殺人」と書いたプラカードで抗議する人々(2021年)。(c) Kasumi Abe

憲法9条改正か否かの議論が日本にあるように、アメリカにも国を二分する議論がいくつもある。そして、ますます分断が広がる政治論争の最たるものは、「人工妊娠中絶と女性の権利」「銃規制」についてだ。

連邦最高裁判所は24日、中絶の権利を認めた「ロー対ウェイド事件」、つまり半世紀も前に認められた判決を覆す判断を示し、アメリカが大きく揺れた。この訴訟は、妊娠15週以降の中絶を禁じるミシシッピ州の州法の合憲性を争うものだったが、この日最高裁の判事9人のうち保守派6人が同州法を合憲と認めた形だ。これにより中絶の規制は各州に委ねられ、各州は独自の州法で中絶を禁止できるようになった。(ドブス対ジャクソン女性健康機構訴訟の判断)

なぜこれほどの大ニュースになっているのかは、日本からはなかなかわかりづらいため、本稿ではこの国に住むアメリカの人々のさまざまな価値観から考える。

「ロー対ウェイド事件判決」とは?

妊娠していた未婚女性(原告名ジェーン・ロー。身元を隠すため仮名)や中絶手術を行い逮捕された医師らが原告となり、中絶は憲法が保障する女性の基本的権利であり、中絶手術を禁止したテキサス州法が違憲であると、同州ダラス郡ヘンリー・ウェイド地方検事を訴えた訴訟(1970年)。

望まない妊娠を継続するか否かの判断は女性のプライバシー権に含まれるとし、最高裁の判事9人のうち7人が、中絶を規制する法律を違憲とした最高裁の判決(1973年)。

以降、50年近くにわたって連邦政府によって認められた中絶の権利だったが、国家レベルでその憲法上の解釈が根本的に変更された。

過去記事

  • キリスト教の保守的勢力(宗教右派)と呼ばれる人々は、人工妊娠中絶を殺人と捉える。昨年のバイデン大統領就任式の日の議事堂周辺にも、そのような人々の主張が数多く渦巻いていた。

どの州が中絶禁止となりそうか?

ロー対ウェイド判決の覆しにより、26の州で犯罪とみなされる中絶を禁止、もしくは規制強化すると見られている。

その州とは、以下の柿色に塗られている場所だ。

アラバマ、アリゾナ、アーカンソー、ジョージア、アイオワ、アイオワ、ケンタッキー、ルイジアナ、ミシガン、ミシシッピ、ミズーリ、ノースダコタ、オハイオ、オクラホマ、サウスカロライナ、サウスダコタ、テネシー、テキサス、ユタ、ウェストバージニア、ウィスコンシン、ワイオミング、フロリダ、インディアナ、モンタナ、ネブラスカ

出典:Fortune(筆者がスクリーンショットを作成)
出典:Fortune(筆者がスクリーンショットを作成)

ご覧の通り、主に南部と中部に位置する「赤い州」がマジョリティだ。ざっくりと説明すると、これら柿色の州の人々(の多く)は、最高裁のロー対ウェイド判決の覆しを歓迎していると考えることができ、グレーの州の人々(の多く)は覆しに落胆し、そして一部では抗議活動も起こっている。(もちろん人々の支持や思考はより多様化しており例外はある)

Voxが報じたピュー研究所のデータによると、例外なくすべての場合において中絶が合法であると答えているのはわずか19%ということだが、Gallupの調査によると(中絶の支持率は妊娠週数にもよって異なってくるが)有権者の85%は、中絶は女性の権利=合法であるべきだと考え、国民の多くは半世紀にもわたって憲法で保障された権利が、もはや国家レベルで存在しないことについて落胆し失望したと考えることができる。それでこのような大きな論争が全米で巻き起こっているというわけだ。

「旅費を負担」大企業の動き

ロー対ウェイド判決の覆しを受け、ディズニー、ネットフリックス、パラマウント、ゴールドマン・サックス、JPモルガン・チェースなど、大企業も対応に追われた。

これらの企業は、従業員が中絶のため他州を訪れる必要がある場合、その旅費などを会社が負担すると示したことが報じられた。

イーロン・マスク氏率いるテスラ社も同様の措置を発表。同社は昨年、本社を青い州のカリフォルニア州シリコンバレーから赤い州のテキサス州に移転した。テキサスは、妊娠6週間以降の中絶を禁止する法律とトリガー法(ロー対ウェイド判決の覆しにより、自動的に中絶禁止または規制強化できる法的措置)を可決した州だ。マスク氏はこれまで、共和党支持を表明し保守派に歓迎されてきた人物だが、こと中絶に関してはポリシーが異なるということか。

前日、NYでは銃規制法の覆し

最高裁の州法の覆しといえば、この前日、拳銃を自宅外で隠して持ち運ぶことを禁じるニューヨーク州法を違憲とする判断が下されたばかりだ。同州は全米でも銃規制が厳しく敷かれており、拳銃を(周囲から見えないように)携帯する場合に免許の取得を義務付けている。これには、闇取引されている銃器の持ち歩きや乱用を制限する効果があった。しかしこちらも最高裁の保守派6人の判事により、自衛のために公共の場で拳銃を携帯する権利は、憲法で保障されているとの判断が示された。

ニューヨークの人々は、最高裁の保守的な過半数の判事により、銃を(隠して)携帯する必要がある際にまっとうな理由を示すことを要求する一世紀もの長い歴史を持つ州法を覆されたことに怒りを示した。当地はそれでなくても、コロナ禍以降、犯罪者がストリートに溢れているところに他州からの違法銃が湯水の如く流入し、街中や地下鉄での銃犯罪が急増しているのだ。

23日の抗議集会。(c) Kasumi Abe
23日の抗議集会。(c) Kasumi Abe

同様の厳格な銃規制法があるニュージャージー、カリフォルニア、ハワイ、メリーランド、マサチューセッツ、首都ワシントンなど米全土にも今後、影響を及ぼしそうだ。

これら中絶と銃規制に関する最高裁による覆しの共通項は、この国の人々がもっとも重視する基本的な権利について改めて問われたものだ。半世紀以上もの間、人々の中にあった根本的な権利についての解釈が覆され、保守派勢力が勝利を収めた形だ。これが4ヵ月後に迫った中間選挙にどう影響を及ぼすだろうか。

ロー判決が下された1960~70年代のアメリカは、ウーマンリブ(Women’s Liberation、女性解放)運動が盛んだった時代だ。ニューヨークに住む筆者の友人の女性は、ロー判決の覆しのニュースを聞き、ため息をつきながらこのように言った。「現代に生きる女性が、自分の母親の世代より権利がより限られてきているって、一体どういうこと?」

Text and photos by Kasumi Abe (Yahoo!ニュース 個人より一部転載)無断転載禁止

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