「経歴詐称」米紙はどのような方法で暴いた? 嘘で固めた人生、ジョージ・サントス米議員のスキャンダル

昨年11月の米中間選挙で、ニューヨーク州の選挙区(ナッソー郡)から下院議員に立候補し当選した共和党のジョージ・サントス氏。まだ34歳で、同性愛者を公言し、これからの世代を背負っていく新進気鋭の政治家として注目されていた。 南米出身の両親の下、ニューヨーク市内の地下アパートで育ち、有名私立大に進学。金融系の大企業で経験を積み政治家に上り詰めるという、移民一家出身ながら誰もが羨むような人生を一代で築き、アメリカンドリームを体現してきた人物である。 しかし先月19日、それらの輝かしい学歴や経歴が「詐称」であることが米有力紙ニューヨークタイムズによって暴かれ、一気に信用を失ってしまった。 スキャンダルの渦中にある同議員は3日に初登院したが、ほかの議員からそっぽを向かれ、孤立している様子が伝えられた。 バレた数々の嘘とは? 多くの米メディアがこの件を報じている。デイリービーストは「サントス氏の数々の嘘」をリスト化して紹介した。 ◆学歴 (虚偽の情報) これらの学校に通った、または卒業した記録は「確認できなかった」と報道された。その後サントス氏自身が記者会見に応じ、これらの大学を卒業していないことを認めた。 ◆職歴 (虚偽の情報) シティグループの不動産部門アソシエイト・アセット・マネージャーとして勤務していたと主張していたが、そのような事実はなくそのような役職も存在しないと、ニューヨークタイムズが報じた。また、ゴールドマン・サックスで働いた事実もないと暴かれた。 その後サントス氏は記者会見で「履歴書を飾り立て捏造してしまった」と謝罪。職歴詐称も認めたものの「罪の意識はない。なぜなら自分はこの分野で大変豊富な職務経験を持つからだ」と開き直りとも取れるコメントをし、有権者に「こんな自分を許し、政治家としてのこれからの行いを信じてほしい」と懇“““““““`願した。`その後サントス氏は記者会見で「履歴書を飾り立て捏造してしまった」と謝罪。職歴詐称も認めたものの「罪の意識はない。なぜなら自分はこの分野で大変豊富な職務経験を持つからだ」と開き直りとも取れるコメントをし、有権者に「こんな自分を許し、政治家としてのこれからの行いを信じてほしい」と懇願した。 ◆生い立ち、家族など (虚偽の情報) ブラジルから移住した両親の下クイーンズ区で生まれ育ったとされる。宗教はカトリック教だが、自身はユダヤ系とウクライナ系の子孫だと発言。しかしCNNなどに「それらのルーツを持つ証拠は確認できず」と報じられた。 そのような主張の背景には、サントス氏が立候補した選挙区が関係ありそうだ。その選挙区では人口の20%がユダヤ系を占め、またホロコーストの迫害を受けてきたユダヤ系やロシアによる軍事侵攻下にあるウクライナ系を名乗ることで、政治家として有権者に、移民二世がそのような弱い立場のリーダーとしてこの国で成し遂げたと訴求する要素として利用してきたと、米メディアは見ている。 その後同氏は記者会見で「私はユダヤ人と主張したことはない」と語ったと報じられた。「母方の家系がユダヤ系にルーツがあるということだったので、Jew-ishと言った」というのが、同氏の言い分だ(Jewish『ユダヤ人』ではなくJew-ishとは『ややユダヤ人』『ユダヤ人みたい』のような曖昧な表現)。 また同氏によると、母親は大手金融機関の初の女性幹部で世界貿易センター南棟で働いており、2001年の同時テロ関連の病気で亡くなったという発言についても、でっち上げだと報じられている。 以上は分かっている「嘘」のほんの一部であり、ほかにも同氏が発表してきた財政状況や慈善活動などさまざまな分野で、数々の虚偽情報が伝えられている。こうなると一事が万事そうなのだろう。つまり彼の人生そのものが「フェイク」「でっち上げ」に見えてくる。本人に罪の意識はそれほどなく、まるで息を吐くように嘘をつく虚言癖がある人物の可能性は非常に高い。 どのような経緯で嘘がバレてしまったか? ニューヨークタイムズは5日、数々の「詐称」がどのような方法で暴かれたかを、ポッドキャストを通じて伝えた。 担当記者によると、端緒を開いたのは中間選挙のタイミングだった。「サントス氏が非常に興味深い経歴を歩んできたので、どのような苦労をしてきた人物かもっと知りたいと思った」。取っ掛かりとして、同氏が主張していたペット救済の慈善事業についてまず調べたところ、いくら調べても実際に行われた形跡が見つからなかった。それで同氏が発表していた機関に問い合わせたところ、それらの機関でも記録が見つからなかった。記者は「この時点で大きな問題とは言えないが、記事化するにあたり懐疑心が湧いた」と言う。 次に、同氏の元同僚に話を聞くため、同氏が公開しているプロフィールを確認した。職歴に「いつ」が記載されていないことを不審に思い、何年に働いていたかを把握するために、シティグループとゴールドマン・サックスに直接問い合わせをした。そうしたら驚くことに、2社の回答は「同氏が働いた記録はない」ということだった。同様に2つの大学に問い合わせたところ、卒業生としての確認ができなかった。 この時点で「彼の人生そのものが嘘の塊なのではないかという懐疑心に変わった」ようだ。 同氏の経歴について、現在ナッソー郡やニューヨーク州が捜査を進めている。 思いの外ある学歴詐称疑惑(筆者の体験から) 学歴詐称や経歴詐称について、アメリカに住む筆者はそれほど驚かない。なぜなら、身分証明書をはじめとし、大学卒業証明書、運転免許証、新型コロナのワクチン接種証明書に至るまでさまざまな偽のID(身分証明書)や証書がこの世に出回っているからだ。ある大学の夏期講習を受講しただけで「卒業」と豪語し大風呂敷を広げる輩もたまにいると聞く。世知辛い世の中には、驚くほど「偽」が出回っているのだ。 有名大学の学歴の件で思い出した逸話がある。ニューヨークタイムズの記者同様に、筆者の取材活動中に「慎重に事を進めた」経験だ。 それは数年前、専門家のコメントが必要で、ある人物に取材依頼をした時のこと。その人物からある条件を提示され、取材が許可された。その条件とは「〜〜大学卒業とプロフィールに書く」というものだった。 この時点で筆者は引っかかった。なぜか。 まず、そのような条件を提示されたのは初めてのことだった、というのが1つ。 またその依頼の背景に、何があるのかと考えた。その大学は誰もが知るアイビーリーグ(アメリカの超名門大学)の1校だった。もちろん優秀な人物がアイビーリーグ卒業なのは、何ら不思議なことではない。 ただ「能ある鷹は爪を隠す」という諺もあるように、有能な人ならわざわざ言わなくても自然と伝わるものをあえて明文化してほしいという依頼に違和感を感じずにはいられなかった。どちらにせよ、事実であるのであれば一言記事に含めるのはやぶさかではない。筆者は(前述のニューヨークタイムズの記者と同様に)裏を取るため、「卒業証明書を見せてもらえないか」と丁重にお願いした。その人物は快諾し、メールの添付ファイルで卒業証明書のコピーのようなものをすぐに送ってきた。 英語を読むことができる筆者だが、残念ながらその卒業証明書を「読んで理解する」ことはできなかった。なぜかというと、その証明書とされるものはラテン語で書かれていたからだ。英語とスペイン語がネイティブの同僚にその証明書を(個人情報の観点から名前の箇所を隠し)解読してもらおうとしたが、やはり理解できないという。アメリカの大学の証書のはずだが、アメリカ人でさえ解読できない紙切れに一体何の意味があるというのだろうかと疑念に変わった。調査のため検索をしてみると、オンライン上で似たような偽の卒業証明書がたくさん販売されていることに気づいた。少なくとも裏を取れない情報を記事に含めることはできないと、筆者は丁重にお断りをした。その人物は怒りを露わにし、取材自体を断ってきた。結局、後味が悪い結末となってしまったが、記者として納得できない以上致し方ない。 オンライン上では数多の偽りID、証明書、免許証が、また道端では偽のブランドバッグや香水が販売されており、悲しきかなそれが現実世界である。しかし、あらゆる物について、本物か否かの判断基準として「自分の目で(心で)確かめたものを信じる」という軸を改めて確認した貴重な経験となった。 (写真)3日に初登院した米議会にて。右上の青いトップスがサントス下院議員。 (写真)ニューヨークタイムズ紙にfraud(詐欺師、ペテン師)の烙印を押されたサントス議員。ルーツのあるブラジルでは詐欺容疑も浮上している。 Text by Kasumi Abe (Yahoo!ニュース 個人「ニューヨーク直行便」(c) 安部かすみより一部転載)無断転載禁止

2023年元日

明けましておめでとうございます!平和で愛にあふれた健やかな1年になりますように。 この写真は年末のパピーミル犬の写真ですが、ずっと暗くて狭い所にうずくまっていたのに、飼い主から愛情をたっぷり受けたら、明るいところに出てきてこんなに体を広げてリラックスできるようになりました。 愛の力ってすごい!って改めて思ったところです。 今日はニューヨークは元日。お天気が良く、お散歩が気持ちいい1日でした。野良猫が擦り寄ってきたので可愛かったです。野良猫と思っていたら…飼い主さんがいたみたいで(隣のグロッサリーの店員さんが)出てきたのでお話しました。ルナちゃんていう名前だそう。犬も猫も言語はないですが、人間が言っていることをよく理解しているなと感じます。 なんでも最初が肝心、ということで、今年1年を超絶最強のパフォーマンスにできるよう、今年取り組もうと思っていることを元日から始めました(サンサンと降り注ぐ朝日を浴びながらの朝のお散歩、TO DO LISTの見直し、体重測定&エクササイズ(→ただ痩せたいのではなくカーヴィーを保ち引き締めるべきところだけ引き締める)、こまめな掃除やものを増やさないなど快適な住居環境など)。また私の人生に不要だと思うもの(お酒やタバコ、SNSの使い過ぎ、下らないことに執着したり時間を割くこと、など)は引き続き今年も避けます。やるべきことをコツコツ積み上げ、やらなくていいものをやらないのは、とても気分が良いものです。またお日様からもらうパワーもなかなか侮れないです〜。 新しいことをするのも気分が良いです。今年も新たなことに取り組みます。チャレンジすることを忘れない。ダメだと自分で勝手に決めつけない、諦めない。 今年も必要と思う人やところに惜しみなく「与える」人でありたいなと思います。与えるのは別にお金や物のみならず、親切や思いやり、愛情などそういうことも含めてです。 ということで、今年も1年よろしくお願いいたします! 安部かすみ(2023年元日)

米パピーミルの保護犬とウクライナ家族 奇跡の出会いの物語(後編)

母犬リリィがパピーミルから救出されたあの日、彼女の第二の人生が始まった ── 。 ペットショップの可愛い子犬をたくさん産まされてきたお母さん犬と戦争で国を追われたウクライナ家族の奇跡の出会いの物語 (前編を見る)

永遠の歌姫、映画『ホイットニー・ヒューストン』公開に米紙が酷評 ボヘミアン・ラプソディの再来なるか?

永遠の歌姫、ホイットニー・ヒューストンが、映画で蘇った。 没後10年となる今年、ホイットニーの生涯を描いた伝記映画、I Wanna Dance with Somebody(邦題『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』)が本国アメリカ、そして日本全国の映画館で、23日から一斉公開される。 が行われた。会場には、歴史に語り継がれるほどの感動を与えた1991年のスーパーボウルでの国歌斉唱シーン(ABCニュースでの映像)を再現したパネルが設置され、参加者は記念撮影などを楽しんだ。 また13日にはワールドプレミアムも開かれ、ホイットニーを演じた主演のナオミ・アッキーやホイットニーをスターダムにのし上げた音楽プロデューサー、クライヴ・デイヴィス役のスタンリー・トゥッチなどが姿を見せた。 48歳で突然散ったホイットニーの栄光と複雑な生涯 6回のグラミー賞受賞経歴を持ち、映画『ボディガード』(1992年)に主演、数々のヒット曲を放った人気歌手、ホイットニー。そんな栄光の影で、彼女は2012年2月、グラミー賞の授賞式の前日に48歳の若さで生涯を閉じ、世界は唯一無二の才能を突然失った。 その死後も、元夫ボビー・ブラウンとの一人娘、ボビー・クリスティーナ・ブラウンさんが2015年に22歳の若さで、また12歳で孤児院から引き取り育て上げたニック・ゴードンさんも2020年、30歳で亡くなるなど、家族に不幸が続いた。 映画の脚本家は、過去にイギリスの伝説のバンド、クイーンとフレディ・マーキュリー(vo.)の生涯を描いた大ヒット作『ボヘミアン・ラプソディ』の脚本を手がけたアンソニー・マッカーテンだ。『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』への期待は否応なしに高まる。 しかし米主要紙のレビューは手厳しい。 ワシントンポストは、「当たり障りのない伝記映画。ベスト盤を聴いているようで、物語にはほとんど一貫性がない」とした。 ニューヨークポストは「マッカーテン氏の脚本には芸術性がない」「いつの日かヒューストンの超越した才能と複雑な人生を蘇らせる映画が作られるだろうが、残念ながら本作ではない」という評価だ。『Whitney』というドキュメンタリーが2018年に発表済みだが、この記事は別の作品を期待しているようだ。 低評価がある中でも観たい、ホイットニーの世界観に没入し刺激を受けたいと思うのがファン心理だろう。ボヘミアン・ラプソディ公開時のような、音楽界のレジェンドブームが再びやって来るだろうか。 関連動画1 『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』 関連動画2 関連動画3 ホイットニーがどれほどの歌唱力を持っていたか。彼女の歌声を聴いて、鳥肌が出たという経験は一度や二度はあるだろう。アメリカでも話題になり拡散された、ホイットニーの歌声に感動する赤ちゃんの動画。 Text and some photos by Kasumi Abe 安部かすみ(Yahoo!ニュース 個人より一部転載)無断転載禁止

カタールW杯が我々に残したものは「不安な未来の兆候」。感動に水を差す米有力紙の辛辣な総括

カタールで開催されたワールドカップ(W杯)に、世界中のスポーツファンが釘付けになった。 男子サッカーがそれほど強くないアメリカ。今大会の早い段階で代表チーム敗退後も、大会自体への注目度は高く、連日のように試合結果がニュースとして取り上げられた。決勝戦の日は盛り上がりが最高潮に達し、近年高まるサッカー熱を感じずにはいられなかった。 これだけ盛り上がったのだから、大会後に心にぽっかり穴が空いたような気持ちになる人も多い。 19日付けのNPRは「あなたが典型的なアメリカ人であれば、W杯終了後の今、何をしていいかわからないだろう」と題し、フロリダ州インター・マイアミやフランスのパリ・サンジェルマンなど世界中のプロサッカークラブや国際選手権を紹介している。 またアメリカは女子の代表チームが強豪でFIFA(国際サッカー連盟)女子ワールドカップの優勝の常連だ。来年7月よりオーストラリアとニュージーランドで開催されるW杯も期待されている。 「熱狂が開催国の“汚染”払拭」 米主要メディアNYTの手厳しい総括 さて今回のカタール大会だが、大会当初から驚きの連続で、まるで映画か小説のようなドラマチックな試合展開となったアルゼンチンとフランスの決勝戦で盛り上がりは頂点に達した。 米報道も、優勝国アルゼンチンの表彰式でメッシが着せられた中東の伝統衣装ビシュトから、ゴールキーパーのマルティネスによる卑猥なジェスチャーの話題まで、さまざまなヘッドラインがメディアを飾った。 数ある報道の中で19日早朝に発信されたニューヨークタイムズのポッドキャストが興味深かったのでここで紹介する。 How This World Cup Changed Soccer(このW杯がサッカーをどのように変えたか) この回は司会進行のサブリナ・タヴァニス記者が、ゲストにチーフ・サッカー特派員で現地取材をしたロリー・スミス記者を迎え、解説したもの。 タヴァニス記者は冒頭、「W杯に世界中が釘付けとなり、スター選手のメッシ、アルゼンチンがフランスに勝利。連日の熱狂で当初問題になっていた『汚染』がどのように覆され、未来にどう繋がるのか。このW杯がプロサッカーの不安な未来の兆候かもしれない理由を話しましょう」と、インタビューを開始。 そもそもの話だが、今大会は開催前から物議を醸していた。中東地域では21世紀の今も明らかな男尊女卑、男女格差が色濃く存在し、同性愛は犯罪だ。開催国カタールも例外ではなく、女性やLGBTQの人権が軽視されている。またスタジアムの建設作業に奴隷同然に駆り出され死亡した移民労働者の冷遇についても問題視されている。そのような国で国際大会を行うことに不安があるとして、人権擁護団体を中心に批判が高まっていた。それが「汚染」という言葉に表れたようだ。 メッシの活躍とフランスの攻防戦の物語がすべての不安を払拭 メッシのファンであろうスミス記者は、そのプレーを生で観ることができ「本当に光栄だった。彼は優勝に値すると心から感じた」と、悲願のトロフィーを手にした栄光の物語に感服した様子だ。「記者である以上公平な立場を心がけた上で、納得のエンディングだった」と、アルゼンチンが36年ぶりに3度目の世界チャンピオンになった試合運びを振り返った。 「ところで世界はこのW杯が始まった時のことを覚えているでしょうか?」と、タヴァニス記者は問う。 「移民労働者が亡くなったが(優勝決定戦の翌日の)今、人々の記憶に鮮明に残ったのはアルゼンチンとメッシの勝利だ」。お祭りムードに水を差し、冷静に総括する必要がある姿勢を見せる。 「当初渦巻いていた問題がありますね」とスミス記者も同意する。問題にはスタジアムでのビール販売の可否から、LGBTQの差別撲滅を訴える選手の腕章着用の禁止なども含まれる。 「FIFAとカタールは平等や人権といった厄介な問題を超えるため、自らの権威を見せつけ反発を封じ込めようと決意した。しかしそれによりさらに問題が注目を集めていったのだが」(スミス記者) しかし実際試合が始まると、混乱からFIFAとカタールを救ったのは、観客の試合への熱狂そのものだった。その熱狂とは…。 衝撃はサウジアラビア、日本、そしてモロッコ 「まず、サウジアラビアがアルゼンチンを破った試合。その後日本がドイツとスペインを破った衝撃が続いた。さらにモロッコによる究極の躍進だ」とスミス記者。「今大会でのモロッコについて、これほどの強さを予想した人はいなかった。ベルギーを倒しスペイン、ポルトガルに勝ったことで(アフリカ勢初の準決勝進出という)新たな歴史を作った」。 スミス記者はさらに続ける。 「モロッコの人は自分たちをアフリカ人というよりアラブ人と認識している。そんな彼らを応援したのは北アフリカの人々。チュニジア人、エジプト人、レバノン人などイスラム教徒が多数を占める国だ。アラブの国で開催された初のW杯で、アラブ諸国の応援によりモロッコチームに力を与えたのでしょう」 タヴァニス記者も「モロッコはアラブ諸国を団結させる真の象徴になった」と同意した。 開催国カタールにとって、今大会はどんな意味があったか モロッコが勝ち進んでいくにつれ、話題の中心も変化していった。 「モロッコのようなアンダードッグ(下克上とも取れる)の快進撃は、カタールが望んでいたもの」とスミス記者。人々の関心はスタジアム建設のために死んでいった移民の話から、脚光を浴び始めたモロッコとメッシの活躍に移行した。この時点で、もはやどこがW杯の主催かなんてことは誰も気にしなくなった。 スミス記者によると、スタジアムなどインフラ建設でカタールはこの10年で劇的に変化したという。 ドーハではやることがそれほど多くないから、中には退屈な街だと思った人もいる一方、「W杯でテコ入れされた中心地ムシャラフには、流行に敏感なカフェや理髪店などトレンディな店が集まった」。それらのおしゃれスポットは大会期間中、試合観戦に訪れた外国人のための場所だったが、大会終了後は、地元の人に使われていくことになる。 さらに、世界中からVIPが集まり開会式や試合に足を運んだ。フランスのマクロン大統領、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子、アントニー・ブリンケン米国務長官、ジャレッド・クシュナー(トランプ前大統領の娘の夫)、イーロン・マスクなどだ。 「外交、政治、ビジネスの場として国際的な地位を確立しようとしているカタールにとって大会誘致は信じられないほどの価値をもたらした。その点でも今大会は大成功だったと言える」(スミス記者) このようにドーハが国際都市への第一歩を踏み出したことで、ビジネスをしたいと思っている人や国際社会へ安心感を与えたメリットがあるという。 「たとえ記憶の奥底に、このW杯がいかに物議を醸したか、開催までどんな代償を払ってきたかが残っていったとしても、カタールからすれば、W杯の恩恵によってそれらの代償は大幅に相殺されたと考えるだろう」(スミス記者) 「誰にとってもかつては『遠い外国』だった国が、W杯で『世界的な承認スタンプ』を押されたようなもの」とタヴァニス記者もうなずいた。 FIFAとサルマン皇太子の関係 FIFAは年々ビジネス寄りの傾向が強くなっているとファンの間で言われているが、これについてはどう考えているか。 「カタールと同国の政治家だけが大会誘致で莫大な資金と評判を得ているわけではなく、FIFAもそうですよね」とタヴァニス記者。 スミス記者は「FIFAにとってこれ以上にないほどうまくいっている」と答えた。報道によれば16日、FIFAは過去12回の大会で75億ドル(約9900億円)の収益があったとされる。また、前大会と今大会の間に生まれた利益は10億ドル(約1300億円)という。 さらにFIFAが潤沢な資金で、W杯を通して実行しようとしているのはディズニーランドのような「FIFAランド」だという。 「FIFAは開催国に到着し領土を主張し、(屋台やオフィスを大会中閉鎖し、多くのフェンスを設けて通行規制し、至る所で西洋の音楽をかけるなど)独自のルールを設定し、スポンサーだらけにし(主に西洋のブランド。中東のブランドでも西洋の有名人やサッカー選手を起用)、街ごとFIFA一色にする。これこそFIFAがやりたいものだ」(スミス記者) 資金と言えば、前述のサルマン皇太子が、今年のワールドカップで目に見える存在感を示してきた。 「サルマン皇太子はFIFAのジャンニ・インファンティーノ会長と親交があり、FIFAに資金提供している。またサウジアラビアは近年イギリスのニューカッスル・ユナイテッドを始め、ゴルフやフォーミュラ1などスポーツに多額の投資を行っている」。イエメンでの内戦、そしてサウジアラビア人記者のジャマル・カショギ氏の殺害をめぐり国際的な批判がある中、「スポーツ界への介入は同国の戦略の一部」という。 「FIFAはカタールでの成功で、今後大会をサウジアラビアに持ち込まない理由はなくなったと感じているかもしれない」(スミス記者) 大会は私たちに何を残したか? 大会中の数々の衝撃と感動、ヒーローとなったメッシの美談…。それらがこれまでの酷評のすべてを払拭し、人々は人的犠牲や人権問題の論争を忘れ去った。 「問題に直面しながら記者としてカタールをこのまま去るのは本当に残念だ。一方で、そんな問題を覆し成功を成し遂げられるのがスポーツの持つ力であり、これこそがカタールがW杯を開催したかった理由だ」とスミス記者。問題がありながら結果的にカタールとFIFAにとって大成功を収めたと言わざるを得ないという趣旨の内容で、エピソードを終えた。 2022年ワールドカップ関連記事 (冒頭写真)ワールドカップイメージ写真…

家賃“月”940万円超えの自宅とは? ロバート・デ・ニーロ宅に泥棒、現行犯で御用

俳優のロバート・デ・ニーロ(79歳)が住むニューヨークの自宅に19日未明、泥棒が押し入り、現行犯逮捕されたと各主要紙が報じた。 同日午前2時30分過ぎ、市内でも有数の高級住宅地、マンハッタン区アッパーイーストサイド地区にあるデ・ニーロ氏のアパートメントに女が押し入り、クリスマスのためにツリー下に準備されていたいくつものプレゼントや、デ・ニーロ氏が所有するアイパッドを大袋に詰め込み持ち去ろうとしているところを、警察に現行犯逮捕された。 デ・ニーロ氏の自宅は当地でタウンハウスと呼ばれる、室内がいくつもある低層のアパートメントビルで、犯人が押し入った際、同氏は上階にある7ベッドルームの1室で就寝中で、騒ぎで目が覚めたという。 地元のニューヨークポストによれば、このアパートメントは賃貸住宅物件で、家賃は月6万9000ドル(1ドル136円計算で約945万円)という情報だ。英デイリーメールには、このタウンハウスの外観や室内の写真も掲載されている。写真を確認する限り、当地ではよく見る瀟洒なタウンハウス、つまり外観が一部煉瓦造りで、室内はクラシックで上質そうなモールディングが施された白が基調の壁と独特の味わいがある木目のフローリングを擁し、大きな窓から差し込む自然光で室内は明るく、キングサイズのベッドを真ん中に配置してもスペースがあり余るほど広々とした、快適そうな住居空間のようだ。 NYの家賃事情 関連記事 犯人はショーニス・アビレス(30歳)で、前述のデイリーメールの写真の中には、警察官に連行されながら意味深な笑みを浮かべる容疑者の姿を確認できる。「少なくとも私は誰も刺していない」と叫び、その表情に悪びれた様子は見られない。 15年以上前になるが、筆者自身もニューヨークの自宅に空き巣が入り、室内が荒らされコンピュータとデジカメを盗まれた経験がある。犯人は大胆にもビル正面入り口の鍵をこじ開けて侵入したことが、その後の調べで分かった。ただ、犯罪の多い当地では「泥棒が入ったくらい」の事件は軽犯罪として処理され、まず犯人が捕まることはない。殺人事件や傷害事件など重罪の解決が優先されるためだ。盗まれたものを探すため、当時は「質屋が並ぶ骨董通りをくまなくチェックせよ」と言われたものだ(今ならネット上にアップされるかもしれない)。 コロナ禍になり治安は悪化の一途を辿る中、デ・ニーロ氏宅の忍び込み犯が現行犯逮捕に至ったのは、不幸中の幸いと言えるだろう。ではなぜ現行犯逮捕できたのか。 それは、女はこれまで住居侵入や窃盗、強盗などで前歴があり、警察に目をつけられ追跡されていたからだった。複数のメディアによると、女はこれまで少なくとも25回(今年だけで16回)の逮捕歴があった。そのほとんどはデ・ニーロ氏の自宅がある高級住宅地区を管轄する第19警察管区での強盗や窃盗などの罪で、同管轄区で逮捕歴がトップ5に入る常習犯だという。だが女はこれまでも、州の刑事司法改革の下、保釈金なしで釈放の対象となってきた。これではいくら逮捕しても犯罪者を路上に野放しにすることになる。近年市民からは強い反発が生まれているが、一向に改善しない。 この日も女は近所の商業ビルに不法侵入を試みたがうまくいかず、デ・ニーロ氏の住宅にたどり着いたようだ。同氏の住宅の地下室ドアに、無理やりこじ開けられた跡があったという。女は現在、起訴されて拘留されているが、今回も娑婆に出て再び悪事を働くのも時間の問題なのかもしれない。よって当地ではいかに「自衛」をするかが肝となる。筆者が昔、空き巣に入られた住宅は事件後、入り口の庭の茂みを伐採し、ドアには頑丈な鉄格子のセキュリティドアをつけてもらった(イメージ写真)。デ・ニーロ氏も今後、何らかの対策を講じることだろう。 関連記事 (写真)今年9月18日、NYでイベントに出席したロバート・デ・ニーロ。 Text by Kasumi Abe (Yahoo!ニュース 個人より一部転載)無断転載禁止

NYでペット販売を規制…パピーミルから救出された保護犬のその後(前編)

欧米のペットのトレンドは「売らない・買わない」 15日、ニューヨーク州のキャシー・ホークル知事が、州内のペットショップでの犬、猫、ウサギの販売を禁止する法案に署名した。6月に同法案が議会で可決され、知事の署名を待つばかりの状態だった。 欧米で犬や猫を「店で売らない・買わない」が主流となりつつある中、この法令化は、乱繁殖させる子犬生産場のパピーミル(Puppy mills)とペットショップのパイプラインの遮断を意味する。 州内のペットショップでは、アニマルシェルターからのアダプション(養子縁組)先を見つける目的で、これらの動物の展示については許可されるが、2024年からこれらの動物の販売ができなくなる。 ホークル知事は同日記者団に「それらの動物は愛情のある飼い主により人道的な扱いを受けるに値する。この法律は惨たらしい動物の扱いを減らし、動物福祉を保護するための有意義な措置となる」と述べた。 知事が言う「惨たらしい扱い」とはどういったものか? ペットショップで売られている可愛い子犬。 その子犬の親がどのように飼育され、子犬を生まされているか知っていますか? 子犬生産場=パピーミルの実態 「惨たらしい扱い」を受けたある母犬。救出された「その後」 先日筆者は、アメリカのペットショップで売られている子犬の悲惨な現状と、その元凶であるパピーミルへの反対運動についてレポートした(下記)。 筆者はその取材で、パピーミルの母犬や捨て犬の救出活動をしているボランティアに同行し、ニュージャージーの救出団体へ向かった。そして、殺処分される直前にパピーミルから命からがら救出された母犬についても記事の中で触れた。 関連記事 ボランティアが1匹を連れ帰り、里親が見つかるまで面倒を見るという。しかし車内でも自宅でも、四六時中日陰の暗くて狭い隙間にうずくまったまま出てこない。精神が完全にやられているようだ。その様子を見て、いかにこの犬がこれまで悲惨な環境で生きてきたのか、パピーミルの現場を見なくとも容易に想像でき、いたたまれない気持ちになった。 あの日、救出された1匹の母犬には、感動的なストーリーの「続き」があった。 一体何匹の子犬を生まされたのか… 母犬リリィの物語 筆者が同行したパピーミルの救出活動で、ボランティアをする知人が、飼い主が見つかるまで面倒を見ると連れて帰ることになった小型の繁殖犬も、全体的に汚れていて表情も冴えない。 これまで、パピーミルの狭くて糞尿だらけの不潔極まりないケージの中で飼育されてきたのだから当たり前と言えば当たり前だが、体全体がとにかく不潔で、まったく手入れされていないから毛も爪も伸び放題。目やにがこびり付いていて、歯も汚く、(後日医者に診てもらってわかったことだが)音が聞こえにくいほど耳垢もたっぷり詰まっていた。 救出されたすべての繁殖犬がその有様だ。パピーミルでは出産時、子犬を温めるための暖房器具が設置されていて、中には火傷の跡が胴体にある母犬もいた。 これからニューヨークに連れて帰る小型犬は、目やにの奥に光る無垢な瞳に、一筋の希望が残されているようだった。 帰りの車内で、皆でその犬をリリィと名付けた。当時エリザベス女王が逝去したばかりで世の中はそのニュースであふれていて、女王のあだ名であるリリベットにあやかろうということになった。 我々はリリィも連れてその足で、イギリス出身の友人家族が主催するバーベキューパーティーへ向かった。 パピーミルで酷い扱いを受け人間不信になったであろうリリィは、車内でもひっそりと身を潜めた。車のシートの下の奥深いスペースに潜り込み、まったく出てこようとしない。一言で言えば「根暗」。その姿を見て筆者はなんともいたたまれない気持ちになり、正式なファミリーが見つかるまで自分が面倒をみてあげたいという気になった。 リリィがわちゃわちゃした明るい性格だったら恐らくそんな気持ちにはならなかっただろう。人は時に、自分がいなくても生きていけそうな逞しさより、ここで今自分が救いの手を差し伸べなければ存在が消えてしまうのではないかと思えるほどの脆弱なものに心を奪われるもの。 到着したバーベキュー会場のバックヤードにリリィを連れて行っても、来客が連れてきたほかの飼い犬と混じり合うことなく、隅に置かれたベンチの下の狭くて暗い場所にひっそりと身を潜めた。頭をこちら側ではなく壁側に向け、何時間もじっと動かない。死んでしまうのではと心配になり、1人がドッグフードを与えてもまったく食べようとしない。語らずともこの犬がどれほどの扱いを受け、精神的、肉体的に痛めつけられてきた人生を送ってきたかを物語っていた。 夜も更け、筆者は一足先に帰宅することになった。ボランティアの友人が帰るときに、リリィを一緒にうちまで連れてきてほしい旨を伝えた。 帰宅後、リリィのベッドを置くためのスペースを室内に確保し、到着を今か今かと待っていた。「汚れているから一度シャワーを浴びせようかな。お湯は嫌がるだろうけどしょうがない…」。そんなことを考えていたら、しばらくして電話がかかってきた。そして思いもよらぬことを告げられる。 「リリィは来ないよ」 「え、どういう意味?」 「犬を飼いたいという人が現れた。ウクライナ人家族」 「え???」 そういえば、バーベキューの主催者の階下には、ウクライナから今年避難して来た4人家族が住んでいて、パーティーにも顔を出していた。 「彼らがリリィを飼いたいんだって」 (後編につづく) (トップ写真)パピーミルから救出された保護犬。表情もどこか冴えない。(c)Kasumi Abe Text, photos and video by Kasumi Abe(Yahoo!ニュース 個人より一部転載)無断転載禁止

児童ら27人殺害、サンディフック小学校銃乱射事件から10年。あれから米国はどう変わったのか?

サンディフック── 。 アメリカの小学校で児童をターゲットに発生した銃乱射事件と言えば、多くの人々の脳裏にまずこの言葉が浮かぶのではないだろうか。 ちょうど10年前の2012年12月14日、コネチカット州ニュータウンにあるサンディフック小学校(Sandy Hook Elementary School)で、銃乱射事件が発生した。 母親が所有するAR-15型アサルトライフルなど複数の銃で武装した20歳のアダム・ランザ(Adam Lanza)は、同日午前9時35分過ぎ、自身の母校である小学校に侵入し、6歳と7歳の児童20人(男児8人、女児12人)と、職員6人の計26人を射殺した(男はその朝、自宅で母親も射殺。この事件も入れると犠牲者は27人)。 小中学校で発生した銃の乱射事件としては、米国史上最悪の出来事として語り継がれている。 写真:サンディフック小学校で乱射事件が発生し、小学校の外をパトロールする警察(2012年)。 男は事件を起こした現場で自身の頭部を撃ち自殺した。男が生前に関心を示していたゲームと事件の関係がクローズアップされたこともあるが、容疑者死亡で事件の動機は不明のままだ。 当時のコネチカット州法では、20歳がライフルや散弾銃を携帯するのは合法で、実際に犯行に使用された銃は、犯人の母親が合法的に購入したものだった。 あれから10年が経ち、生き残った子どもたちは10代後半に成長した。彼らの多くに深い悲しみと心の傷(トラウマ)が残っており、罪悪感と不安感に苛まれる人もいるという。そして残された親や遺族の中には、銃規制のための擁護活動や訴訟のために働きかけをする人もいるが、事件で失った子どもの年齢は止まったままだ。 事件を教訓に、この10年で何が変わったのか。 まず今年の11月、犠牲者を弔う記念碑「Sandy Hook Permanent Memorial」が、事件後に取り壊されたサンディフック小学校の代わりに新たに建設された小学校の近くにオープンした。 写真:あれから10年後、記念碑が完成した。 犯人のライフルを製造した銃器メーカー、レミントン社に、遺族への7300万ドル(約99億円)支払い命令や、この事件はデマであるという嘘を広めた陰謀論者への14億ドル(約1900億円)の支払い命令など、訴訟問題も10年経った今もある。 子どもを銃暴力から守るため、この10年で数十の組織が結成された。その1つ、非営利活動団体のサンディ・フック・プロミス(Sandy Hook Promise)は、現在全米の多くの学区で実行されている「(暴力介入プログラム)」を考案した。このプログラムは、「銃犯罪が多く発生している都市や地域在住」、「黒人男性は白人男性より銃による死亡が13倍高い」といったデータに基づき、銃暴力によりさらされている児童や人に的を絞り、銃乱射事件の犯人になる潜在的な警告サインを認識できるようになるなどの予防策を教えている。 またサンディ・フック・プロミスは、銃犯罪を減らす政策変更のために議会への働きかけも行い、今年6月に制定された超党派のより安全なコミュニティ法(Bipartisan Safer Communities Act)の内容を巡って、交渉段階で大きな役割を果たすことに成功した。その結果、21歳未満の銃購入者の身元調査の拡大や、メンタルヘルスと暴力介入プログラムへの資金を増やしたとされる。 この法律は約30年ぶりとなる超党派の主要な銃規制法と言われ注目されたが、それから1ヵ月も経っていない独立記念日に、イリノイ州シカゴ近郊のパレードで銃乱射事件が起き、7人が死亡、38人以上が負傷した(22歳の男は拘束)。 関連記事 21歳銃撃犯「危険人物」の予兆、銃の申請手助けした父がコメント。米パレード乱射7人死亡 また、サンディフックの事件後、一部の教育現場では、セキュリティが劇的に強化されるデザインに変更されたという。しかしUSAトゥデイは、「その施策は、アップグレードする余裕のある教育現場に限られており、アメリカの多くの学校では何も変わっていない」という。「そのような安全面の建築デザイン変更だけで、教育現場での銃乱射事件を完全に阻止、または防止することはできない」とも述べた。 非営利団体の銃暴力アーカイブ(Gun Violence Archive)の記録によると、サンディフック小学校の事件以降に発生した銃乱射事件(犯人を除く4人以上を死亡または負傷させた大規模なもの)は3500件以上にも上るという。 2013年より大きな銃乱射事件を追跡してきたNBCニュースは、10年目の今日「そしてまた、何度も何度も」という特集を組んだ。「事件後、『ネバーアゲイン(2度と起こさない)』と人々はマントラのように唱え続けた。しかしサンディフックの事件後も全米54校で銃乱射事件が発生し101人が死亡、156人が負傷した」。 これら54件の乱射事件はあくまでも教育現場で起こった件数のみであり、それらは全米25の州とワシントンD.C.で起こり、ほとんどのケースの犯人は男性という。 関連記事 今年5月、テキサス州ユバルディ市の小学校で起こった銃乱射事件では、児童19人と教師2人の21人が死亡した。 ↓ ライフルは容疑者の18歳の誕生日直後(事件2日前)に購入。テキサス州小学校銃乱射事件 「10代」が銃を手にできるアメリカ。「学校で起こった銃犯罪データ」から見えてくるもの 毎日100人、年間4万人が銃で命を落とす国 3億丁ある銃器との共存やいかに? CNNは「サンディフックの事件から10年というこの節目の年に、我が国における銃暴力への対処を目指した擁護と解決について、再び国民の議論を呼び起こしている」と報じている。 筆者はこの事件前後で、アメリカの銃にまつわる劇的な変化をまったく感じないのだが、悲劇から10年という節目にこの国の人々は一体何を考えただろうか。 Text by Kasumi Abe (Yahoo!ニュース 個人より一部転載)無断転載禁止

ロシアが米スター選手ブリトニー・グライナーを解放するも、米国が手放しで喜べない理由

違法薬物所持容疑で今年2月からロシアに拘留されていた、WNBA(女子プロバスケットボールリーグ)の大スター、ブリトニー・グライナー(Brittney Griner、32)選手が、8日釈放された。 囚人交換という形で、グライナー氏と交換されたのは、アルカイダやタリバンに武器を売ったとされ、武器密輸および殺人罪でアメリカ国内の刑務所に収監されていたロシア人、ヴィクトル・ブート(Viktor Bout)だ。ブート元受刑者も同時に釈放され、同日アラブ首長国連邦(UAE)の空港で2人の身柄が交換された。 (写真)2010年、タイから米ニューヨークに移送される、ヴィクトル・ブート元受刑者。 釈放においていくつか伝えられているグライナー氏の近影では、長かった髪を短くカットし、笑顔も見られる。グライナー氏はすでにアメリカへの帰国便に搭乗しており(機内での映像で同氏は「どの街に飛んでいるかわからない」と答えているが)、テキサス州サンアントニオに着陸予定とされている。 この一報は、年の瀬の全米中に突然入ってきたものだが、囚人交換の交渉はアメリカとロシア間で、水面下で進められていたようだ。 ロシアでグライナー氏の弁護をしていた人物がCNNに語ったところによると、釈放に向けての兆候は先週より見られたという。その弁護士のもとに先週末グライナー氏から電話があり、「希望がある」と語ったということだ。 国際テロ組織に武器を密輸したブート元受刑者は「死の商人」との異名通り、多くの死をもたらしたのであるから、アメリカをはじめとする西側諸国では紛れもなく重罪人だ。そんな危険な男の釈放・帰国を、ロシア側は渇望し、グライナー氏との捕虜交換条件に挙げていた。結果的にそれに応じた形となったアメリカは、これほどにない譲歩をしたということになる。ロシア側からすると、為て遣ったりの結果をもたらした。 グライナー氏が無事に釈放され帰国し家族のもとに戻るのは朗報であることは確かだ。 しかしその交換条件について、同日のホワイトハウスの定例記者会見では、記者から疑問視する声が上がった。 またさまざまな著名人からも、疑問視する意見が上がっている。 アメリカンフットボール(NFL)のマイカ・パーソンズ(Micah Parsons)選手は、ツイッターで「ちょっと待って!! 元海兵隊員を残したままだけど?!! まじかよ」とつぶやき、この取引についてバイデン政権の決断に不満を表した。(その後「ツイート内容はグライナー氏を攻撃するものではない」「もっと正しい知識を持つべきだった」などと釈明) 元海兵隊員とは、2018年にスパイ容疑で16年の刑期が言い渡されロシアの刑務所に服役して4年になる、カナダ生まれでアメリカ国籍保持者、ポール・ウィラン(Paul Whelan)氏のことだ。 (写真)$ ãƒ­ã‚·ã‚¢ã«ã‚¹ãƒ‘イ容疑で起訴された元米海兵隊のポール・ウィラン氏。2019å¹´10月、モスクワの裁判所で。 パーソンズ選手のツイート内容は瞬く間に炎上し、最初の投稿内容は削除されたが、そのツイートにリプしていたのは元NFLのブーマー・アサイソン(Boomer Esiason)氏。アサイソン氏もパーソンズ選手の意見に同意し「多くの人がそう思っている。もちろん帰国は喜ばしいが、WNBAのアスリートを取り戻し、何年間も釈放できていない海兵隊員を残したまま。米国政府は何の動きもなし。ロシアはこの男(ブート)を取り戻すために、彼女(グライナー)を利用した」。不平等な交換条件とロシアに残されたままのウィラン氏を思うと「手放しで喜べない」と述べた。 さらにバイデン政権の決断について、共和党の議員からも、いくつか疑問が上がっている。 フロリダ州のリック・スコット(Rick Scott)上院議員は帰国自体は「喜ばしい」としながら、「ウィラン氏については? バイデンがプーチンに危険な武器商人=死の商人を返すのは、(国として)弱く不快である。容認できない」とツイートした。 ほかの議員からも 「(国を守ってきた)退役軍人よりセレブ優先?」 「元海兵隊のウィラン氏や教師のマーク・フォーゲル(Marc Fogel)氏は置き去り。プーチンはこれで味をしめてしまった」 「(バイデン)政権の無能な交渉能力について大いに懸念」 「甘い取引に応じて、外国がより多くのアメリカ人を拘束するインセンティブ(メリット)を作り出した」 などの非難が次々に上がっていると、フロリダポリティクスは伝えている。 CBSニュースなどが伝えるところによると、アメリカに与えられていたカード(選択権)は少なく、ロシアが求めてきた重罪人との交換に応じるか、もしくは誰一人としてアメリカ人を釈放できないままでいくかのどちらかしかなかったとした。 結果として、テロ組織との繋がりが強い危険人物を再び野放しにすることに応じてしまったというわけだ。 関連記事 Text by Kasumi Abe (Yahoo!ニュース 個人より一部転載)無断転載禁止