オフレコの差別発言で首相秘書官が更迭 「もし米国だったら?」記者の立場で考察

性的少数者(LGBTQ)や同性婚に対しての差別的な発言をし、更迭された荒井勝喜首相秘書官。オフレコを前提にした取材の場だったとは言え、岸田政権を支える人物による差別発言は到底許されるものではない。筆者もこの発言をスクープした毎日新聞の記事を読んでショックを受けた。 一方で、「オフレコでの発言」が大きく報じられてしまったことに引っかかったというのも事実だ。毎日新聞の別の記事によると、その場には報道各社の記者約10人が参加していたようだ。その中で同紙がオフレコのルールから外れ、スクープしたことになる。 筆者はアメリカで記者をしているので、これがアメリカなら…と考えてみた。アメリカでは通常、オフレコ発言は一般公開されず、オフマイク発言はそれほど重視されない。 発言がオフレコであったことが影響してか、米主要メディアでの報道は今の所それほど多くなく、岸田首相が更迭したというニュースや日本での同性婚の実情についてウォール・ストリートジャーナルやAP、ヤフーニュースなど一部のメディアが報じるに留まっている。 通常であればResign(辞任)という言葉が並ぶのであろうが、本件のヘッドラインにはFire(クビ、解雇)という強い言葉が並んでいる。そのようなところからも、岸田政権による「日本政府はいかなる差別発言も容認できない」という強いメッセージを感じた。 過去記事 オフレコではないが、「オフマイク」発言がアメリカで重視されなかった例 もしホワイトハウスにおいて、オフレコの発言が記事化されるなどメディアとしてのルールが守られなかったり、愚問が出たり、度が過ぎる攻撃的な態度を見せたりするメディアや記者は、プレスパスが無効になったり更新ができなくなる。いわゆる出禁だ。ホワイトハウスでなく一般の取材なら、情報源から今後お呼びがかからなくなるだろう。 ホワイトハウスのブリーフィング(定例記者会見)の場というのは、当然だが一般の人は入れない。記者の中でも、ホワイトハウス特派員という主要メディアの選ばれし精鋭だけが、報道官の担当者から「許可」を受け、中に入れてもらっている。記者席はたったの49席しかない。そこにどのくらいの記者が出席希望を出しているかは情勢によって日毎変わるが、トランプ前政権下の2017年にエスクァイア誌が報じた記事によると、数千の応募があった。49席に対してこれだけの参加希望があるのだから、ホワイトハウス側からすると、一部の記者を出禁にしても広報的に何ら問題はないと考えるのが普通だろう。 ◉ホワイトハウスがメディアや記者を出禁にした事例 以上はニュースになった一部であり、質問を独占したり、愚問や攻撃とも取れる質問をした記者は、こっそりプレスパスのリストから排除されている。 過去記事 筆者は日本とアメリカ両国で記者をして20年以上になるが、どちらの国でも「オフレコで」と言われることはたまにある。 オフレコにはいくつかの種類がある。 など。これらに加え、写真や動画撮影もオフレコ、オンレコとあり、事前に取り決めた上で取材をする(何も言われない場合はオンレコ)。 例えばつい数日前にニューヨーク市内で行った不動産の取材では、事前にインタビュイーのコメントはオフレコを通達された(上記(1)の事例)。「記事で引用するコメントはすべてメールで答えるので当日のコメントは引用しないで」と言われ、了承した上で取材をした。正直オフレコを求められるのは面倒なことではあるのだが、面会が実現できるのは相手あってのことだし、実際に会い(現場に行き)写真を撮影したり同じ場の空気を吸うだけでも十分価値があると判断したものであれば、先方の希望には敬意を払って承諾し、オフレコの約束は守る。録音もしない。 上記(4)の場合は、インタビュー中に「今から申し上げることはオフレコなんですが」とか「今言ったことは書かないでください」と言われるケースだ。この場合も筆者は記事に書かない。録音データもすぐに削除する。 筆者がオフレコを記事にしないのは、信用問題に関わるからだ。インタビュアーとインタビュイーとの間には、明文化されていなくても暗黙の信頼関係があって取材が成り立っているが、相手の意向に反して発言を引用したり、写真や動画をこっそり撮影(盗撮)したり、断りもなく録音したりしていると、相手との信頼関係は崩れていく。信頼関係が崩れると、相手は2度と取材に応じてくれないだろう。筆者はフリーランスの記者なので、もし出禁リストにでも入ろうものなら死活問題だ。 でもフリーランスではなく新聞社や出版社の社員なら、メリット・デメリットを天秤にかけ、会社的にそれほど問題ではないかもしれない。 オフレコの本当の意味とは?(米紙) オフレコについて、「‘オフレコ’の本当の意味とは?」という、ニューヨークタイムズの2018年の記事も興味深い。 この記事が取り上げたのは、首相秘書官と毎日新聞の記者の関係とは逆の事例だ。 トランプ氏が大統領だった同年、ニューヨタイムズの発行人、A.G. スルツバーガー氏との会談において、ホワイトハウスの事前要請により両者の会話を公にしないこと(非公開=オフレコ)に両者が同意していた。にも拘らずトランプ氏はこの件について陽気に(悪気なく)ツイートしたという。また16年、テッド・クルーズ議員が数名の記者と同氏の会社が経営するホテルの飲食店でオフレコの会合を行った際も、事前の合意に基づきそれを報じた記者はいなかったが、翌朝の記者会見でクルーズ氏はカメラの前でこの件を明かしたという。オフレコ情報がクルーズ氏により明るみに出た今、「声を大に発表するのは気持ちいい」と記者は述べている。 これらの事例を基に「特定の会話の条件をめぐる論争は、多くのジャーナリストにとって常に懸念事項」と同紙は述べている。政治記者であるこの記者も「あらゆる政治家から、失言について事後に(オフレコを)嘆願されたことがある」とした。その都度「本名で報じるか、名前なしで報じるか、役職だけでぼかして報じるか?」と自問するそうだ。 また同記事は、オンレコとオフレコの取材について、簡単にまとめている。 公開(オンレコ)の取材 非公開(オフレコ)の取材 最後に、オフレコの発言をなぜ毎日新聞の記者は発信したのか。 まず、新聞社はスクープを常に探している。首相秘書官の差別発言は口が滑ったのか、はたまたオフレコだから絶対に記事にならないと過信し本音を明かしたのかは知る由もないが、このような要職の人物の差別発言を、一記者として新聞メディアとして野放しにすることはできないと判断したのだろう。オフレコという取り決めだったが、事前に本人に通達した上で掲載したとある。 筆者はこのスクープ記事を見たときに、日本の多くの記事ではまだ珍しく記者の名前が書かれていることに気づいた。一般的にアメリカの新聞社や雑誌社は文責を明らかにするため、記事は記名制だ。一方日本の新聞社や雑誌社が発信する記事は、文責が明らかにされておらず、一体誰が発信している記事なのかがわからないものが多い(よって、書きたい放題の記事も近年ネット上には散見される)。そんな中このスクープ記事には、記者の名前がきちんと入っていた。その場で問題発言を耳にした記者にとって、文責を明らかにした上で、聞くに耐えがたく社会的に到底容認できない問題発言を、正々堂々と報じたということだろう。 Text by Kasumi Abe (Yahoo!ニュース 個人「ニューヨーク直行便」(c) 安部かすみより一部転載)無断転載禁止

新型コロナウイルスに関するNY最新現地事情まとめ(2)ニューヨークにアジア人差別はある?篇

旅行、もしくは仕事や留学でニューヨークを訪れる方も多いと思います。いくつか関連記事を書いているので、ここでまとめたいと思います。 第2回目は、日本人として気になる「アジア人への差別はありますか?」について。 これはコロナ以前から、日本から視察や観光で来られた方にたまに受ける質問でした。 私の答えは「人の心の中までは知る由がありませんが、実際に私が直接感じたあからさまな差別はニューヨークでは特に思い出しません」ということです。 私が住むニューヨークとは違いますが、ロンドンやパリではびっくりする出来事が、たったの数日の滞在でいくつかありました。 例えば、2018年に訪れたロンドンのハイエンドなアフタヌーンティの店で、テーブル待ちをしていた時のこと。謂れ無き理由で白人の年配のカップルに待合室の椅子を強制的に譲るように、スタッフに言われてびっくりしたことがありました。ニューヨークでは感じたことがない経験でした。この時に移民の国と、王族・貴族の由緒ある国でのアジア人(観光客)の扱い方の違いを身近に感じました。 フランス、パリでもちょっとした意地悪をお店のスタッフにされたことがあります。 ただ、ロンドンでもパリでも差別をする人は「一部の心ない人」だと思うので、私はそれくらいでその国の人々を嫌いになったりはしません。ただ「この国ではそういうことが起こるんだ…」っていう程度の感想です。 またアメリカでも15年以上前のことになりますが、中西部でこんなことがありました。 その街では白人がほとんどで、アジア人は滅多に見かけません。友人(白人)とダイナーでご飯を食べていた時、隣のテーブルに2人組の女性が座りました。うち1人が私をチラッと見て「そう言えば、私最近、中国人に仕事を取られたのよねぇ〜」と話しはじめました。私を中国人と思って言った言葉であることは間違いありませんでした。 18年間、海外に住んでいますが、今思い出す差別はこれくらいです。 (細かいこと言えば〜の対応が悪かった、などはありますが、社会的立場の高い教養のある方から差別や失礼な態度を取られたことは一度もありません) 今回、新型コロナウイルスが中国から発生したということで、私もアジア人として嫌がらせを受けたりしないかと初めのころは身構えていたのですが、特に何も起こっていません。 ただ1月末に1度だけ、ちょっと嫌な気持ちになったことはあります。 電車に乗っていた時、向かいに東欧系の言葉を話す白人の女性2人が座っていました。チャイナタウンの駅で中国系の女性が乗車し2人の女性の隣に座った時、そのうち1人が笑いながらタートルネックを鼻の上まで引き上げました。私はその瞬間、眠ったふりをしました。見ていられなかったのです。しばらくするとタートルネックは降ろされていたのでほんの冗談のつもりだったとは思うのですが、同じアジア人としてまったく良い気はしませんでした。 でもこの出来事も後でよく考えてみると、差別をしたのは「ニューヨークの人ではない」というのがポイントかと思います。ニューヨーカー(ここに長く住む人々を含む)は、多様性の中で生きているので「普通の人」は差別などしないです。 それでもたまに差別や憎悪犯罪が起こるとしたら、それはもう「事故」にあったようなものでしょう。 (以下は、Tabizineに寄稿した記事の一部を抜粋します) ヨーロッパなどでは言われなき差別をアジア人が被ったというような話がよく聞こえてきます。 ニューヨークは移民の街であること、アジア人がもとから多いことなどから、私自身も、周りの友人も特に目立って大きな差別を受けていません。 クオモ知事も、このようにツイッターで発信しています。 「ニューヨークの街の強さは多様性だ。ここにはヘイトなんて起こるスペースは1mmもない」#NoHateInOurState マスクをしていることで「病気を移さないで」とからかわれたことがある人もたまにいるようなので、病気でなければニューヨークではマスクを着けない方がいいでしょう。 正気でない人が、アジア人に向かって嫌がらせをしている様子がたまにソーシャルネットワークなどに上がってきますが、そのような正気でない人はきっと全人口の一部だと思いますので、それを気にしてニューヨーク行きを諦めるのはもったいないです。 【新型コロナウイルス:速報】感染者急増のニューヨーク最新現地事情と渡航情報 3.11.2020 Coronavirus is NO excuse for racism. This assault is disgusting & I am directing the State Police Hate Crimes Task Force to assist in the investigation to make sure…