
ニューヨークでは、もはや珍しくない食のジャンルになってしまった日本食。レストランに行くと、現地の職人が器用にお寿司を握っていたり、熱々のおいしいラーメンを作ったりしている姿をよく目にする。板前が包丁持つまでに3年(もしくはそれ以上)というのは、伝統的な日本食の限られた世界だけの話になってしまったようだ。
そして時代は2018年。世界中のもので手に入らないものはないと言われるこの街で、これまでなかったものの一つに日本の酒蔵があったが、まさかニューヨーク初の酒蔵がアメリカ人によって作られるとは、誰が想像しただろうか。
オープンした酒蔵の名は、「Brooklyn Kura(ブルックリン・クラ)」。場所はトレンドの発信地ブルックリンで、クリエイターやアントレプレナーたちから大注目を浴びる、一大複合ビル群「Industry City(インダストリー・シティ)」の一室だ。


本格的な日本酒をNYで作った2人の男たち
早速、ブルックリン・クラを訪れた。鮮やかな青色のドアや、打ち放しのコンクリート壁や床など、モダンなインテリアがお出迎え。純米吟醸酒を試飲させてもらったが、程よいドライさと甘さが混じり合い、「この味がアメリカで実現できるとは」と驚く。麹の発酵から30~40日後にはここでいただけるとあり、できたて新鮮なお酒を飲めるのも魅力的。冷やや常温でもおいしいが、半年~3年ほど寝かせて熟成させても味わいがより深くなりそうだ。
この生まれたばかりの酒蔵で、共同創業者のブライアン・ポレン(Brian Polen)氏とブランドン・ドーン(Brandon Doughan)氏に話を聞いた。

日本旅行中に出合い意気投合した
── 2人が酒蔵をオープンするに至った経緯から教えてください。
ブライアン:僕たちは2013年、共通の友人の結婚式に参列するために日本を訪れた際に出会った。滞在中に何人かで飛騨高山や京都を訪れた。実はそれまで僕たちは日本酒についてほとんど知らなかったんだけど、たまたま訪れた伝統的な酒蔵で日本酒の美味しさに出合い、魅了されてしまったんだ。
── 日本で飲んだ日本酒はどんな味でしたか。
ブライアン:これまでアメリカの日本食レストランで飲んだものとは似て非なるものだった。決して簡単には生み出せない複雑な味わいで、質の高さに驚いた。僕は当時金融マンで、ブランドンは生化学者。2人ともモノ作りに興味があり、ビール造りの工程を見学できるブルワリー訪問が好きという共通点があった。2週間の滞在中に多くの酒蔵を訪れ、さまざまな種類の酒を試飲した。
── 自分たちで造ろうと思ったきっかけは何だったのですか。
ブランドン:僕は長年、趣味の一環でクラフトビールを自宅で作っていたんだ。1回あたり24ビールを一気に作っていた。まぁビールというより、どちらかというと「発酵」自体に興味があった。だから、自宅で醤油を造ったこともあるよ。日本でおいしい日本酒と出合って造り方を見学し、これはアルコール類の中でももっともユニークな発酵物だと思った。
ブライアン:アメリカの小さな街ではだいたいどこも地ビールや地ワインがあるけど、地酒はほとんどない。だからブランドンと話をして、地酒がなぜアメリカにはほとんどないのか? ないなら僕たちで造ろうじゃないか、となったんだ。
── どこで日本酒造りを学んだのですか。
ブランドン:静岡県沼津市の高嶋酒造や長野県諏訪市の宮坂醸造、アメリカ・ポートランドのSaké One(サケ・ワン)で、見習いとして実地訓練をさせてもらった。また、酒造りの本でもいくつか学んだ。酒造りについて最初に学んだことは、「日本酒については一生学ぶことがある」ということだった。
原料は日本や全米各地から調達
── そして、ニューヨーク初の酒蔵がオープンするに至るわけですね。
ブライアン:そのとおり!全米には大小合わせて約15~16軒の酒蔵があるけど、僕たちの酒蔵はニューヨークで最初の酒蔵になった。日本から戻ってすぐに、限られたスキルと知識で自宅で日本酒造りを始めた。それから2016年、ブルックリンのブッシュウィック地区の小さなスペースを実験的に借り始めた。当時は技術的にも未熟で今の10分1くらいのスキルしかなく、すべてが手探りだった。しかし日々酒造りに挑戦していくうちに、僕たちにも質の高いものができると自信がつき、本格的な酒蔵を作るため2017年3月この場所を確保し、6月中旬ごろから設備を整えはじめた。
── 日本酒の原料はどこから調達していますか。
ブライアン:日本産の麹菌と日本とアメリカ産の酒母(しゅぼ)、カリフォルニア産とアーカンソー産の酒米(山田錦)、そしてブルックリン産の水を使っている。酒米はカリフォルニアとミネアポリスの業者に依頼し表面を60%磨いてもらい、それ以外は発酵からボトル詰めまですべての工程をこの酒蔵でやっているよ。
── ブルックリンの水は日本酒造りに適していると思いますか。
ブランドン:ブルックリンの水質には自信を持っているよ。ニューヨーカーが世界に誇るべきご当地グルメ、ニューヨークスタイルのピザやベーグルも、同じ水源の水で作られているからね。それらで証明されているように、水質はすばらしい。ニューヨーク市が約100年前に開発し整備した水源がアップステート・ニューヨーク(ニューヨーク州北部)にあって、そこからニューヨーク中に水が供給されているんだ。軟水でイースト(酵母)に適しているが、パイプの関係で粒子、鉄分、塩素が含まれるので、フィルター(浄水器)に通してそれらを除去し、ミネラルを残している。
── このブルックリン・クラでは、どのような日本酒を製造していますか?
ブライアン:現在、純米吟醸生原酒を中心に造っていて、おり酒や搾りたてなどの期間限定商品も、このタップルーム(試飲ができるバーエリア)で出しているよ。将来的に、純米酒、純米吟醸生貯蔵、にごり酒、スパークリング酒なども加えて、生産量は年間最大300石(こく・一石=180リットル)まで増やし、市内の主要な酒屋や酒バーにも卸していきたい。このインダストリー・シティ内に人気バーベキュー店や日本のフードホール「Japan Village」がオープンする予定なので、そこに行った人が帰りに寄ってくれる場所になったらいいな。

日米で日本酒ファンを増やしていきたい
── 日本酒ファンへ何か伝えたいことはありますか。
ブライアン:日本酒事業に参入し日本と繋がれるのは、僕たちにとって大変な挑戦だけど、同時にすばらしく誇りに思える。また僕たちが交流させてもらっている日本の酒蔵は、新たな酒蔵がブルックリンにオープンしたことを喜んでくれていてとてもうれしい。僕たちは伝統的な日本酒をリスペクトしているし、僕たちは僕たちで独自のスタイルのアメリカンクラフト酒をこの地で造っていきたい。
ブランドン:アメリカではたまに他国から持って来たものがぐちゃぐちゃにかき混ぜられたりすることが起こるけど、悪い例ばかりではない。例えばビールはアメリカでIPAが造られ世界に広がっている。カリフォルニア産ワインも個性的なものとして世界で高く評価されている。逆バージョンだってそう。日本産のウィスキーは今では世界一のクオリティーがあると呼び声が高いが、10年前に誰が日本のウィスキーを知っていただろう? ここで造られるアメリカンクラフト酒が今後どう発展していくか、楽しみに見守ってほしいな。
── 今後積極的に挑戦していきたいことは何ですか。
ブライアン:この酒蔵の中にあるタップルームをイベントスペースとして活用したい。白ワインやミックスドリンクのようにもっと身近なものとして日本酒をこちらの人に楽しんでほしいから、日本酒のプロモーションのためのワークショップなどを開いて、日本酒のおいしさを啓蒙していきたい。また、日本から来る酒蔵の方にも使ってもらえたらと思う。酒だけじゃなく、いろんなイベントのために使っていきたい。
ブランドン:僕たちは、どのようにしたら質の高い日本酒ができるのか、いつも情熱を持って集中して考えているので、本気でやったら不可能なことはないと思っている。 アメリカは日本酒の輸出先としてもっとも大きな市場だ。私たちはこの市場を成長させたい。日本酒全体にとってもよいことだと思う。
ブライアン:今日本の若者の間では日本酒離れが進み、クラフトビールやウィスキー人気が高まっていると聞く。でもここ、ブルックリンのクールなトレンドを発信する土地柄を利用して、うちが成功することでそのトレンドを日本に逆輸出し、日本中で日本酒ファンが増えるといいなと思っている。
公式サイトBrooklyn Kura
(文:安部かすみ fromニューヨーク)
■取材国・都市:アメリカ・ニューヨーク
安部かすみ(あべ・かすみ)
2002年に渡米し、在ニューヨークの新聞社でのシニアエディター職を経て、2014年からフリーの編集者、ライターに。ニューヨークから食やエンタメ、テック系などのトレンドを発信中。編集者歴は日米で20年。
TSUTAYA T-SITE(2018.2.17)「NY初の酒蔵「Brooklyn Kura」がオープン。日本酒をタップでアメリカ流に提供も」より転載(無断転載禁止)ウェブサイトのコピー